要約版
ハーバード大学ジョセフ・ナイ教授が、ソフトパワー(文化や価値観、外交政策等の魅力)、ハードパワー(軍事力や経済力等の強制力)論を展開したのは 20年前であった。2011年には、両者を賢明に融合させる外交戦略「スマートパワー」論を提唱している。
以降、日本ではソフトパワー論が大いに注目され、最終的に内閣府と観光庁が中心となってクールジャパン事業へと結実させていく。これより以前にも、国際交流基金などの官民諸団体が日本文化の発信活動を担ってきたが、個別的、単発的なものが多く、日本全体として体系化されてこなかったわけである。
このクールジャパン事業に加え、近年、コンテンツ・ツーリズムが民間で台頭し、聖地巡礼の旅が脚光を浴び出すと、国内外を問わず数多くの観光客が全国各地を訪問するようになっている。この時流を応用し、かつて日本が誇ったソフト、ハード両パワーの再建を目指す、というのが本稿における筆者の提案骨子となる。先に触れたナイ教授の議論でも、両パワーが有効に絡み合って、はじめて賢明なるスマートパワー発動が可能と主張されており、目下、凋落が目立つ経済力(ハードパワー)の立て直しに、クールジャパン事業をいかに作用させられるかを考えてみた。
現事業でも、確かに「日本好き」を増やす効果は発揮されてはいるが、日本政府が今まさに直面している安全保障や領土問題などの対外交渉、電気自動車VSハイブリット車などの国際ルール作りにおいて、手応えある実益を発揮しているとは言い難い。やはり外交の現場ではハードパワーの増強、および友好国とのネットワーク作り等も必須であり、より複合的な政策設計が求められていると考える。すなわち、日本が引き続き、他国でモノやサービスを買い勝つ力、売る力、人を雇う力という経済力を維持・増強するために、前述の文化観光事業による外貨獲得策と魅力発信力の基盤となる「ソフトパワー資産」のさらなる発展的活用の出番となるわけである。
具体策としては、目下の聖地巡礼ビジネスに加え、それら作品に絡む声優や監督、作者までをも網羅するコンテンツ範囲の拡充が考えられる。特にその筆頭格として、喜劇王・志村けんさんや、名作『ドラゴンボール』作者・鳥山明さんら、日本のソフトパワー形成に大いに貢献してくれた偉人らの有形、無形の資産を、日本国家としてマネタイズしていく、ということが挙げられよう。例えば、彼らの仕事場や居住空間、足跡関連地などを保存、有料観光地化(記念館、宿泊施設等)することで、末永くファンの訪問を迎え入れつつ、コンテンツの風化防止や新たなファン獲得の一助としていくのだ。2020年3月の志村さん死去の悲報は、米英、東アジア各国で速報され、さらにその旧邸が空き家状態のまま放置中という 2023年2月の週刊誌報道も、台湾、中国、香港のネット記事で同時配信されていた。当初は記念館開設という話もあったが、ついに叶わず、そのまま「眠れる資産」と化してしまったわけである。
こうした事態は、稀代の政治家・田中角栄氏や石原慎太郎氏の旧邸でも同様で、それ自体が唯一無二の国民的資産であったにもかかわらず、日本政府としては相続税課税という一過性の収入に終始し、相続人に土地や資産の切り売り等で対処させてきたのだった。特に明治維新や終戦直後の混乱期、旧大名家、華族制度が廃止されると、各藩や名家一門が代々継承してきた数多くの文化財が散逸し、海外へ流出してしまったものも多いと聞く。一部は財団法人化等により保全に成功した例もあるが、当時、「ソフトパワー資産」という概念自体が無かったために、次々と貴重な家宝が切り売りされてしまったのだった。
それらの反省も踏まえ、中長期的な目線で相続税額を回収するという目算のもと、長期分割納付や一時国有化などの特例を設け、国として積極的にマネタイズしていく施策を構築してみてはどうだろうか?もちろん相続人の同意とメリットも保証されることは当然であるが、その上で一部優良資産の国有化や共有化を進め、それらを「ソフトパワー資産」として国庫と相続人にプラスになるように運用していくわけである。こうした優良資産の積極的活用により、中長期的な税収増も期待できるし、また偉人らの足跡を体感してもらうことで後続の野心ある若者らへの好影響も期待でき、未来の日本振興の一助となってくれるかもしれない。そして、偉人らのかつての栄光と足跡を知るシニア層にも、案内役や施設管理などで、その才知を発揮し盛り上げに協力頂く必要性も出てくるだろう。
現在の我々日本人は、先人達の業績の上に生きている。かつてのスマートパワー全盛期を知る中高年シニア層の奮起が、母国や次世代の未来を左右していることは間違いない。
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