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金江鎮(中心部)
訪問日:20--年-月-旬 『大陸西遊記』~
海南省 澄邁県 金江鎮(中心部) ~ 鎮内人口 17万人、一人当たり GDP 40,000 元(澄邁県 全体)
➠➠➠ 見どころ リスト ➠➠➠
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【三代目】澄邁県城
この日は、
海口市 中心部(瓊山区)の 投宿先ホテル
→ 澄邁県 中心部(金江鎮) →
臨高県 中心部(臨城鎮)
の 三角ルートをトライしてみた。臨高県中心部は、海口市から 56 km東に位置している。
まずは早朝より、海側の秀英区にある海口西バスターミナルへ移動し、ここから 澄邁県(金江鎮)行の都市間バスに乗車する(16元)。20分に一本あり。直線距離 50 km、所要時間は 1時間半。
澄邁県(金江鎮)バスターミナルは、旧市街地の西端に立地しており、その直前に通過する澄邁バスターミナルで下車した方が、旧市街地のど真ん中で便利だ。
下車後、すぐにバイクタクシーをチャーターし、北郊外にある 澄邁県博物館(澄邁県金江鎮文化広場内)を訪問する。正午の閉館時間までに入館したい(午後に入ってしまうと、午後のスケジュールがきつくなる)。
見学後、路線バスで旧市街地へ戻る。もし、バイクタクシーがいれば、旧市街地訪問より先に 東郊外(金江花園)にある、金山寺まで送ってもらう。山の斜面を利用した伽藍で、しばらく登山して、市街地を一望したい。
もともとの創建は、明代初期の 1370年代といい、幾度もの建て替え工事を経て維持されるも、国共内戦時代に焼失されてしまう。現在の姿は共産党時代に再建されたもの。
そのまま下山し、西へ少し進めば、旧市街地(北門小食、香山廟、東社区、澄邁県第二小学校=旧役所跡)に戻ってくる。澄邁県人民政府や澄邁バスターミナルを通過しながら南進し、澄邁県金江鎮基督教堂の後方にある、南渡江まで至る。この南渡江は海南島の最重要の河川で、流域に多くの県城が配されており、島内経済ネットワークの要を成していた。
そのまま環城西路を北上し、澄邁県(金江鎮)バスターミナルに到着する。 ここでは 30分に一本、臨高県行があるが、加来行(11元)と 龍波行(17元)の二便が交互に運行されており(下地図)、
臨高県 中心部(臨城鎮)
を経由する、龍波行バスの方に乗車する。
臨高県 中心部(臨城鎮)
には博物館がないので、臨高学宮(文廟)など、旧市街地を散策する程度となる。その後、路線バスで 高速鉄道「臨高駅」まで移動し、ここから
海口市 中心部(瓊山区)
へ戻れる。もしくは、都市間バスで戻る。
そもそも「金江鎮」の地名であるが、元代初期、翁姓の三兄弟が、新安江(金江鎮一帯で通称されていた「南渡江」の旧名称)の北岸に、鍋作業所を開設すると、以降、多くの住民も集って集落を形成することとなり、元代末期の 1363年には「打鉄市」と通称されるようになっていたという。そして、明代を経て清代初期、新安江(南渡江)の河川敷で砂金が発見されると、金江鎮へ改名されることとなり、今日に至るという。
1891~1895年、金江鎮で新城郭都市が建造されると、
今の澄邁県老城鎮から県役所が移転されることとなり
、【三代目】澄邁県城が正式にスタートする。以降、今日に至るまで、澄邁県の県都として君臨しているわけである。その後も、南渡江の水運交通と 鉄道、高速道路網の発達により、
東へ 50 kmの距離にある省都・海口市
の経済圏に組み込まれて経済開発が進められてきた。
特に、平坦な土地と豊富な水資源は農業生産にも最適で、野菜類とバナナは中国全土へ流通しているという。
清末より急発展した金江鎮下には、古城遺跡に関する遺構はほとんど残っていないが、郊外の山岳地帯にはいくつも名所旧跡が存在する。いずれのアクセスにも、自家用車が必須となる距離だった。
美榔双塔
海南省澄邁県金江鎮美亭郷美榔村の南東部に位置する古塔で、元代の建立と伝えられ、地元では姐妹塔とも通称される。地元の 有力者・陳道叙には二人の娘がおり、長女は嫁に出て、次女は出家して尼になっていた。この二人の娘を紀念し、建立させた塔という。高さは 17 m、六角形で設計されている。
陳道叙墓
先の美榔双塔を建立した陳道叙の墓で、南宋時代に建立されたという(つまり、元代に完成する美榔双塔より、先に死去していた)。前述の塔から、南東へ 500 mの地点にあり、両者ともに中央政府より史跡指定を受けている。
陳霊照墓
元代に建立された墓遺跡で、仙化台や姐墓とも別称される。県政府より史跡指定を受けた史跡で、現在、澄邁県金江鎮美亭郷美朗村の南東 200 mの場所に立地する。陳霊照とは、先述の陳道叙の長女のこと。
庵堂山尼姑塔古墓群
清代に建立された塔で、澄邁県金江鎮美亭郷潭官村の南西 1.3 kmにある庵堂山上に位置し、現在、県政府により史跡指定を受けている。庵堂山には、もともと慈恵庵という供養所が立地していたことに由来する。
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